「命」が形を持っていたとしたら、
私たちは「生きている命」を簡単に解ったでしょう。
形になると比べることができるからです。
しかし、影も形もない「命」を「生きている」と意識しなければ、私たちの脳は現象や環境に反応していることを「生きている」とは思っているようです。
つまり、その感覚が「自分」と言う意識になるのでしょう。
脳そのものが自分になって「生きている」と主張し、
そこに主観と言う意識が起きているとも言えます。
「命」が私達を生かしています。
そう納得できれば、
「生きている命」と私達は生かされているの関係が明確になります。
「生きている命」が
何時もよろこんでいる「同一の幸福」で全ての土台で自己そのものです。
命、よろこんでいる